前回(第4回)は、TTCC・ペイミックス・レバレッジという3つの数字に、経営が意思をどう乗せるかを書きました。今回はそこからの自然な流れとして、「この3つの数字を、そもそも誰が決めているのか」という問いに進みたいと思います。報酬プランは営業部門のもののように見えますが、実際には営業・人事・ファイナンス・マーケティング・法務・IT・経営が関わる、組織横断の仕組みです。責任の所在が曖昧だと、プランは必ず機能不全を起こします。今回は、設計・運用・評価の3段階で「誰が何を決めるのか」を整理し、経営として境界線をどう引くべきかを見ていきます。
経営会議で報酬プランが議題になった時、ある種のパターンが現れることがあります。営業からの不満は営業責任者のところに行き、プラン設計の指摘は人事部に行き、コストの懸念はファイナンスに行く。それぞれの部門は、それぞれの役割で合理的に応答しています。しかし、プラン全体について統合的に責任を持つ人が、どこにもいないのです。
欧米の事業運営の現場でも、この状態は珍しくありません。
① 営業の離職の問題 → 営業責任者が相談を受ける
② 報酬プランの設計不備 → 人事責任者が見直しを任される
③ コスト超過 → ファイナンスが予算統制を求める
④ 採用競争力の低下 → 採用担当と人事が市場データを取り直す
それぞれ個別には対応できていても、プラン全体が「どう効いているか」「戦略と整合しているか」という統合的な視点が誰の手元にもない。この状態こそが、第2回で
書いた「プラン変更しても業績が動かない」症状の背景にあることが多いです。プランの機能不全の真因が、設計そのものではなく、オーナーシップの構造にあるケースです。
この「責任のたらい回し」は、組織が大きくなるほど深刻になります。営業50名の組織なら、社長が全てを見ていて責任の所在は自明です。しかし営業200名、500名と増えていくと、責任領域の分化が進みます。分化そのものは避けられませんが、分化させた結果として誰もプラン全体の整合を見ていない、という状態を経営が放置すると、それは組織が大きくなるほどコストが膨らむ構造的な負債になります。
報酬プランは、組織の誰か一人が決めれば完成するものではありません。しかし同時に、誰が何をいつ決めるのかが曖昧なままでは、プランは必ず崩れます。ここが経営が手を入れるべき領域です。
欧米のコンサルティングファームであるアレキサンダーグループの「営業報酬トレンド調査」によると、報酬プランの「主な所有者(実質的な意思決定者)」は次のように分布しています。
・営業本部・RevOps:40.0%
・CEO、COOなど経営陣:18.4%
・人事/コンペンセーション:14.4%
・報酬プラン設計タスクフォース:8.8%(実際に手を動かして新しい報酬プランを分析・設計する「実務レベルの作業委員会」)
・ファイナンス:8.0%
・エグゼクティブコンペンセーション委員会:6.4%(会社全体の財務やガバナンスの観点から「最終的な承認」を下す、経営層レベルの委員会
一方、「最終承認の権限を持つ主体」は違う分布を示します。経営層が 48.8%、営業本部・RevOpsが 24.4%、エグゼクティブコンペンセーション委員会が13%。つまり、日常的に設計・運用しているのは営業本部の領域でも、承認責任は経営層にあるのが実態です。
この規模感を押さえておくと、責任の重さが見えてきます。従業員100人を超える営業組織では、報酬プランの年間予算はおおむね10〜20億円規模、関連して管理される売上は100〜250億円*に達します。プラン1つの設計判断が、数億円単位で組織のPLと営業行動を動かす。それほどの規模の意思決定を、誰がどう担うかは、経営ガバナンスの問題です。
ここで思い出しておきたいのは、誤診がコストに直結する事例です。欧米のある会社で、ファイナンス責任者が「営業のコストが競合より高い」ことを問題視し、報酬プラン自体が高すぎるのではないかと疑いました。調査すると、営業の報酬水準は市場に対して競争的な範囲にありました。本当の問題は、営業本体ではなく、営業マネジャー・オーバーレイ・マーケティング・本社スタッフの人数が競合よりずっと多いことでした。処方箋は、営業の報酬プランに手を入れることではなく、周辺の人員構成を見直すことだった、という話です。責任の所在が営業本部とファイナンスに分散していると、こうした「どこに手を入れるべきか」の判断そのものが迷走します。
報酬プランの責任を整理するために、欧米の実務では次の6つの責任領域に分けて議論します。

① 戦略的整合
経営目標(市場・プロダクト・収益・利益目標など)の変化に追従し、営業報酬プランが常に自社の最新の戦略をサポートするようにアップデートし続ける責任領域です 。
② プラン設計
会社の戦略目標を正しく反映させるために、最適な評価指標、計算式(フォーミュラ)、ノルマ(クォータ)などを具体的に設計し、各要素が論理的に連動して機能するように構築する領域です 。
③ 運用管理
新プランの現場への導入(コミュニケーション)や研修の実施に加え、不測の事態に対するルールの解釈、例外対応、マイナーな調整などを管理する領域です 。
④ 日常の管理業務
日々の営業実績の正確な計上(クレジティング)、給与支払いファイルへのデータ連携、経営陣へのレポーティングといった、日常的なオペレーションを実行する領域です 。
⑤ プログラム評価
現在のプランが意図通りに機能しているかを定期的にテストする領域です。戦略との整合性、報酬水準の市場競争力、営業担当者のモチベーションへの影響、費用対効果(ROI)などを検証します 。
⑥ 監査と法務レビュー
財務監査や法務部門のレビューを通じて、報酬プログラムが社内規定やコンプライアンス、関連法規を遵守しているかを監視し、会社としての法的・財務的リスクを適切に担保する領域です
これら6つの責任は、組織の規模にかかわらず、誰かが担っていなければなりません。5人の営業組織なら社長が全部やっているかもしれない。200人を超える組織では、それぞれの領域が別の部署に分散します。重要なのは分散すること自体ではなく「誰が何を担っているかが明文化されているか」です。
第4回の次回予告で触れた「設計・運用・評価の3段階」で、経営・営業・人事・ファイナンス・RevOpsの5つの職能が、それぞれどう関わるかを整理したのが次の表です。

この表で経営の列を縦に見ると、3段階のどれにも経営が重要な関わりを持っていることが分かります。設計段階では事業目標を明示し、最終承認を行う。運用段階では大きな例外のみ決裁。評価段階ではROIと戦略整合の最終評価を行う。
一方、人事やRevOpsは、各段階で異なる役割を担います。設計段階では市場データ提供やプロセス整理、運用段階では給与体系整合や日次運用、評価段階では外部競争力再確認や分析レポート作成、といった具合です。どの職能も、段階ごとに違う役割を持っているのが特徴です。
責任を3段階に整理したら、次は意思決定の場をどう組むかです。欧米の実務で推奨されている構造は、3つの委員会と、それを束ねるプロセスマネジャーという形です。

リーダーシップ委員会は、経営・営業・マーケティング・ファイナンス・人事の責任者が集まる最上位の場です。ここで設計原則の承認、事業目標の再確認、プランの最終承認が行われます。設計チームは、新プランを具体的に組み立てる実務チーム。営業本部、現場マネジャー、ファイナンス、マーケティング、人事が参加します。運用管理委員会は、四半期ごとに集まって、プラン運用上の例外対応や細かな調整を判断する場です。
そして、この3つの委員会と5つの責任領域の全体を「つなぐ」のがプロセスマネジャーの役割です。このポジションは報酬設計を牛耳っているわけではありません。プランを独断で設計するのではなく、設計チームにプロセスを回してもらい、リーダーシップ委員会で承認を取り、運用管理委員会で四半期レビューを回す。日程を組み、責任を明文化し、プログラム全体の進行を管理する。報酬設計のオーケストラでいえば、作曲家でも指揮者でもなく、コンサートマスターのような役割です。組織図上誰が担うかはさほど重要ではないため、どの部署や職種が担っているかは企業によります。ただし、RevOps、人事、ファイナンス、のどれかであることは多く、複雑な問題をさばく管理スキルがある方が担うのは安全です。
欧米の調査では、人事が主な所有者である組織は14.4%でした。日本の組織ではこの比率がもっと高いのではないでしょうか。人事主導型になると、市場サーベイに基づく給与水準の調整や前年踏襲などは回りますが、戦略的整合・職務設計・営業行動のチューニングまでは手が届きにくくなります。人事は重要なパートナーですが、営業戦略の翻訳者としての単独責任を担う職能ではありません。
逆のパターンもあります。経営が「現場のことは営業本部に任せる」として、報酬プランの議論から退いてしまう。この場合、プランは営業本部の都合(短期の達成率、トップ営業の要望、現場の声)に寄り、経営の戦略意思が伝わらなくなります。報酬プランは営業本部の武器ですが、経営の意思を営業に伝える手段でもあります。経営が退いたら、それは機能しません。
最も頻繁に見る構造的な問題です。5つの責任領域は別々の部署が担っている。でも、全体を見て「整合しているか」を問う人がいない。大企業ではRevOpsの責任者がこれを担うことが多く、中堅企業では経営企画やCFO室から専任を立てる例もあります。重要なのは部署名ではなく、「全体を束ねる1人を指名できているか」です。
RevOpsという機能を社内に持っている会社であれば、プロセスマネジャーの役割はその自然な延長です。RevOpsは、営業・マーケティング・カスタマーサクセスの各レイヤーを横断して、データと業務プロセスの整合を取ることを専門にしています。報酬プランの運営には、クレジティングのルール、クオータ設定、成果データのレポート、ICM(インセンティブ・コンペンセーション・マネジメント)システムとの連動など、RevOpsが持つ力と重なる要素が多く含まれます。RevOpsがない組織でも、プロセスマネジャーの役割を明文化して1人に任せることが、報酬プラン全体の整合を保つ最短の道です。
欧米の実務で議論の分かれる論点の一つが、「営業担当者本人を設計チームに入れるべきか」です。結論から言うと、推奨されません。
理由は3つあります。1つ目は、設計チームには会社の利益を優先する判断が求められるのに対し、営業担当者は自分たちの利益を優先する立場に置かれがちだという構造的な問題。2つ目は、現場の営業が関与すると、必要な変更への合意が政治的に難しくなること。3つ目は、国によっては労働関係法令の制約があること(米国のNLRAや欧州の労使協議会の権利など)。
ただし、営業担当者からの「意見を聞く」ことは重要です。設計前に現場インタビューやフォーカスグループを行い、プランの実態や問題点を吸い上げる。その声を設計チームが受け取って、設計判断に反映する、という流れです。「意思決定には入れないが、情報は取る」という線引きが大切です。
この線引きは、プラン変更のコミュニケーション品質にも影響します。営業担当者が設計テーブルにいなかったとしても、事前の聞き取りを通じて彼らの声が設計に反映されていれば、ロールアウト時の納得感は大きく変わります。逆に、意思決定に入れない上に意見も聞かないという扱いをすると、新プランへの抵抗感と信頼の低下が同時に起きます。意思決定の権限と、情報収集の範囲は、別々に設計するのが健全です。
今回のエクササイズは、自社の報酬プランの責任構造の棚卸しです。図2の3段階×5職能のマトリクスを使って、自社の実態を書き込んでみてください。
① 設計段階:誰が最終責任を持ち、誰が具体設計を担うか
② 運用段階:日次・月次の運用は誰が、例外対応は誰が判断するか
③ 評価段階:毎年のプラン評価は誰が、どんな指標で行うか
④ 全体を束ねるプロセスマネジャーは存在するか
書き出した結果で、次のどれかが起きていれば、オーナーシップに問題があるシグナルです。シグナルの数と深刻度で、次回のプラン改定のアジェンダも見えてきます。
・空白のセルがある(誰も担っていない責任領域がある)
・同じセルに3つ以上の部署名が並ぶ(責任が分散しすぎている)
・プロセスマネジャーに相当する人が指名されていない
・経営の行が評価段階で空白になっている(ROIを経営が見ていない)
このエクササイズは、営業責任者・人事責任者・ファイナンス責任者の3人と、経営(可能なら社長またはCEO)の4者で一緒に埋めるのが望ましいです。それぞれが「自分は何を担っているか」を当事者としてテーブルに乗せることで、次の報酬プラン改定の意思決定構造が整理されます。
次回(第6回)は、「営業職の職務定義が報酬設計を決める」というテーマを書きます。欧米の実務では45種類以上の営業職が分類されています。自社の営業がどの職種に近いかを正しく見極めることが、設計の起点です。「全員一律プラン」をやめる最初の一歩にもなります。
ーー
*従業員100人を超える営業組織では、報酬プランの年間予算はおおむね10〜20億円規模、関連して管理される売上は100〜250億円のロジック
米国の標準的なBtoB営業であれば、この金額がおおよそ10万ドル〜20万ドルのレンジに設定される。「1人あたり1億〜2.5億円売る」というロジックは、現場の気合いや過去の実績だけで決まるものではありません。「1人あたり1,000万〜2,000万円という市場競争力のある給与を支払いながら、会社としても5〜10%程度の適正な営業コスト率を維持するためには、構造上どうしても1人あたり1〜2.5億円(100人で100〜250億円)の売上をカバーしてもらう必要がある」という、財務モデルからの逆算を根拠にしています。
サイカワコーポレーション合同会社 代表社員
株式会社マルケト(現アドビ株式会社)にてインサイドセールス部およびゼネラルビジネス営業部を統括。営業組織改革、プロセス設計、マーケティングオートメーションを軸としたデジタルシフトを推進し、スタートアップから大手企業までテクノロジーを活用した収益組織の構築を支援。
株式会社みずほ銀行、株式会社リクルートおよび外資系IT企業にて10年以上にわたり法人営業に従事。外資系企業では営業・インサイドセールス・マーケティングを横断統括し、部門連携によるレベニュー最大化を推進。国内外でトップセールス・最優秀社員として多数の表彰を受ける。
2022年エンハンプ株式会社を創業し代表取締役、ゼロワングロース株式会社取締役CROに就任。RevOps構築およびGTM戦略設計を通じて企業の持続的なレベニュー成長を支援。営業モデル設計にとどまらず、パイプラインマネジメント、フォーキャスト高度化、部門横断データ統合を含むレベニューオペレーション全体の設計・変革を専門とする。日本におけるRevOps実践の第一人者として、レベニュー予測可能な組織モデルの普及に取り組む。
2026年2月、Xactly株式会社 日本GTM統括責任者(Head of GTM, Japan)に就任。2026年3月サイカワコーポレーション合同会社設立。
著書に『レベニューオペレーション(RevOps)の教科書 部門間のデータ連携を図り収益を最大化する米国発の新常識』(MarkeZine BOOKS)。