前回(第6回)は、報酬設計の起点が営業職の職務定義にあることを書きました。
今回は、職務に合わせて選ぶフォーミュラ(計算エンジン)の話に入ります。ここで一つ、整理しておきましょう。報酬プランには、ボディに当たる「変動報酬モデル」(基本給と変動給の割合、上限の有無といった全体の枠組み)と、エンジンに当たる「フォーミュラ型」(実績を現金に変換する具体的な計算式)があります。ボディの話は第4回でTTCC・ペイミックス・レバレッジと一緒に扱いました。今回はそのボディの中で動いているエンジン、つまりフォーミュラ型を5つ整理し、どの場面でどれを使うべきかという選び方の絶対基準を書いていきます。
経営者や人事責任者の方と報酬プランの議論をしていて、よく出てくる発言があります。「うちの営業はコミッション制で運用しています」。ところが、よく聞いてみると、内容は3つのケースに分かれます。
① 売上に対して固定の比率を掛ける、純粋なコミッション
② クオータ達成率に応じて段階的に変動給が決まる、ボーナス型
③ 基本給が薄くて、変動分が「コミッション」と呼ばれているが、実態は達成率連動
①と②と③は、表面上は「変動給がある」という共通項で語られますが、実務的にはまったく別物です。①はコミッション型、②はボーナス型、③は実態としてはボーナス型なのに名前だけコミッションを使っているもの。この区別が曖昧なまま運用すると、何が起きるかというと、設計と実態が乖離します。言葉と中身が合っていない組織で、報酬プランを議論するのは、地図を持たずに歩くようなものです。
経営は「うちは成果に応じた払い方をしている」と思っているのに、実態は固定給比率が高くてリスクをほとんど取っていない、あるいは逆に、ボーナス制と言いながら「達成率」が独自定義で機能していない、というケースをよく見ます。型の名前と中身がずれている組織で、報酬設計の議論を進めても噛み合いません。まずは「型」を正確に理解するところから始めます。
型を理解するメリットは、経営と現場の共通言語ができることです。「うちはこの型でやっている」という共有ができれば、次の改定時に「同じ型のままでチューニングするのか、別の型に乗り換えるのか」という議論がクリアにできます。共通言語がない組織では、毎年の改定が場当たり的なチューニングの積み重ねになり、5年後に振り返ると「最初の設計思想がもはや残っていない」という状態に陥ります。
5つのフォーミュラ型を見ていく前に、その大もとの分岐を押さえます。報酬プランの計算エンジンは、大きく「コミッション型」と「ボーナス型」の2つに分かれます。違いは計算ロジックの根本にあります。図1を見てください。

左のコミッション型は、売上ボリュームに対して一定の率を掛けて変動給を決めます。売上が増えれば、その率に比例して報酬も増える。計算式はシンプルで、たとえば目標売上2億円・目標変動給1,000万円の営業なら、コミッション率は5%です。実際に2.5億円売れば、1,250万円の変動給になります。
右のボーナス型は、計算の起点が違います。売上の絶対額ではなく、クオータに対する達成率を見て、そこに段階的な支払い率を掛けます。達成率100%なら目標変動給を100%、110%なら125%、80%なら60%、といった具合です。テリトリーが2億円の営業も、5億円の営業も、それぞれの達成率という共通尺度で評価される設計です。
この大分類を頭に入れたうえで、5つのフォーミュラ型を見ていきます。
欧米の実務で整理されているフォーミュラ型は、大きく3カテゴリに整理できます。売上の絶対額をベースにする「コミッション型」、達成率をベースにする「ボーナス型」、そして複数の目標を連動させる「応用型」の3つです。この3カテゴリの中に、合計5つの型が収まります。

コミッション型は、売上の絶対額に率を掛けて変動給を決める計算エンジンです。このカテゴリの中に2つの型があります。
すべての売上に対して一律の%を支払う、最もシンプルな型です。主に完全歩合型で使われますが、目標を持つ営業職に適用されることもあります。計算が直感的で、営業も自分の報酬を即座に予測できる、というのが利点です。
目標達成の前後でコミッション率が変化する型です。達成後に率を上げる「プログレッシブ(累進)」が最も一般的で、卓越した成果を促進する設計に向きます。逆に、達成後の率を下げる「レグレッシブ(逓減)」もあり、過剰な支払いを抑制したい場面で使われます。両者を組み合わせる設計(達成までは累進、ある水準を超えたら逓減)もあります。
ボーナス・ICR型は、売上の絶対額ではなく、クオータに対する達成率を起点に計算する型です。テリトリー規模に差がある組織で、公平性を保つための設計が中心になります。
営業一人ひとりに異なるコミッション率を設定する型です。計算式は「個人の目標変動給額÷個人のクオータ」。見た目はコミッション型ですが、実態としてはボーナス型と同じ機能を果たします。テリトリーごとに規模が違っても、目標達成時の報酬機会を等しくできるからです。完全なボーナス型に移行する前のステップとして、テリトリー差を埋めるためによく使われます。
クオータに対する達成率(%)に連動して支払う、ボーナス型の本流です。達成率のゾーンごとに支払額が階段状に上がる「ステップ型」と、連続的なカーブを描く「レート型」があります。BtoB営業の業界標準で、テリトリー規模にばらつきがある組織でも、達成率という共通尺度で公平に評価できます。
応用型は、上記AまたはBの型をベースに、複数の業績指標を連動させる高度な設計です。売上以外の指標(粗利率、特定プロダクトの拡販、契約期間など)にも営業の焦点を向けたい場面で使います。
代表的な手法は3つあります。
ハードル:指標Aを達成しないと指標Bの報酬を支払わない、という足切り
マルチプライヤー:利益率や製品ミックスが良い場合に売上報酬額に係数を掛けて増減させる
マトリクス:売上と利益などの2軸の交点で支払額を決める
いずれも、営業に行動のバランスを取らせるための設計です。意図しない値引きや、特定プロダクトへの偏重を防ぐ役割を持ちます。
5つの型のうち、どれを主軸のエンジンとして選ぶか。ここには極めて明確な1つの判断基準があります。「各営業担当者が持つテリトリー(担当エリアや顧客群)の売上ポテンシャルが均等かどうか」です。
全営業のテリトリー規模がほぼ揃っている、あるいは会社が均等に分割できている場合は、コミッション型(フラットまたはランプ)を選びます。全員のポテンシャルが同等であるため、売上の絶対額に同じ率を掛けても不公平が生じません。計算もシンプルで、営業にとっても直感的に分かる設計です。
現実のBtoB営業では、テリトリー規模が不均等であることがほとんどです。大企業が密集する都市部(クオータ5億円)と、中小企業中心の地方(クオータ1億円)では、同じコミッション率を適用すると、地方の担当者は構造的に稼ぐ機会を失います。そのため、絶対額ではなく「各々のクオータに対する達成率」を基準にする目標達成型ボーナスやICRを採用します。どの規模のテリトリーを担当していても、目標達成時の報酬機会が平等になる、というのが採用の理由です。
売上だけでなく、特定プロダクトの拡販や粗利率も重視したい、という経営の意図がある場合は、ベースとなるコミッション型やボーナス型に、リンクデザインを組み込みます。ハードルやマルチプライヤーで複数指標を連動させることで、営業の焦点を正しく絞れます。意図しない値引きや、偏ったプロダクト販売を防ぐ役割もあります。
整理すると、まずパターンAかBかでベースエンジンを決め、必要に応じてパターンCのリンクデザインを重ねる、というのが論理的で失敗の少ない設計手順です。自社のテリトリー割り当て状況を確認するところから、報酬設計の議論を始めるのが定石です。
もっとも実務で多く採用されるケースであ④目標達成型ボーナス(そのうちのステップ型)の典型例を見ます。ペイミックス70:30、レバレッジ3X相当の上振れを想定した設計です。

達成率100〜104%の営業は、目標変動給を100%受け取ります。達成率を110%超えると125%に上振れし、125%超えからは個別アクセラレーターが効いて、青天井に伸びる。逆に、達成率が80%未満になると、変動給はゼロになります。閾値(最低達成ライン)と上振れの段階設定は、組織の成果分布に合わせて経営が選びます。あまり甘い閾値にすると未達者でも一定の変動給が出てしまい、厳しすぎる閾値にすると外れ値の営業が出た時に組織のモラルが崩れます。経営として、3分の2が目標達成・3分の1が未達という分布を狙う、というのが欧米の標準的な目安です。
5つのフォーミュラ型のうちどれを使うかは、技術的なチューニングではなく、経営が営業組織に送るメッセージの選択です。
コミッション型は、「売上の絶対額に直接報いる」というシンプルなメッセージです。営業の動きと報酬の関係が直感的に分かるため、トップ営業のモチベーション維持に強い効果を持ちます。一方で、テリトリー規模に依存するため、組織が成長してテリトリーが多様化した瞬間に公平性の問題が出ます。完全歩合型の職種、あるいは少人数の均等なテリトリーで運用する場合に最適です。
ボーナス型・ICR型は、「目標達成率を見る」というメッセージです。テリトリー規模が違っても達成率は共通尺度なので、組織全体で同じプランを運用しやすい。ただし、達成率を測るためのクオータ設定の精度が極めて重要になります。クオータがいい加減だと、達成率も意味を失います。次回(第8回)はこのクオータ設定を含むフォーミュラ構築の実務を扱います。
リンクデザインは、「単一の指標ではなく、複数の指標で営業を見る」というメッセージです。売上と粗利、新規と継続、プロダクトAとプロダクトBなど、戦略的に重視する複数の指標を同時に追わせたい場面で機能します。ただし、複雑すぎる設計は営業に「結局何を求められているか分からない」という混乱を招きます。重ねる指標は2つから3つまで、設計はできるだけシンプルに保つのが実務の鉄則です。
経営として最も避けるべきは、複数の型を曖昧に混ぜることです。「基本給の一部を達成率連動に、別の一部を売上連動に、上限はあるけれどアクセラレーターも付ける」といった複雑な設計は、営業からすると何を求められているか分からなくなります。メッセージが伝わらない報酬プランは、報酬設計としては機能していません。
経験的によく目にするのは、組織が大きくなる過程で型が無自覚に混在していくパターンです。創業期はシンプルなコミッション型で運用していたところに、新規事業の立ち上げで個別契約が積み重なり、途中からボーナス型の要素が混ざり、運用責任者が変わるたびに少しずつチューニングが入る。気がつくと、5つの型のどれにも該当しないハイブリッドが残っている、という状態です。こうなった時に必要なのは、現状の延長線でチューニングし続けることではなく、一度立ち止まって型を選び直すことです。型の選び直しは経営の意思決定であり、人事や現場の判断に委ねるべきものではありません。
今回のエクササイズは、自社の現行フォーミュラを5つの型のどれに該当するかを分類してみることです。分類することで、現状の設計が意図したメッセージを送れているかを評価できます。
① 主要な営業職ごとに、現在のフォーミュラを書き出す(基本給と変動給の構造、計算ロジック)
② その計算が「コミッション型(売上絶対額連動)」なのか「ボーナス型・ICR型(達成率連動)」なのかを判定する
③ 5つの型のどれに最も近いかを特定する(①フラット/②ランプ/③ICR/④目標達成型ボーナス/⑤リンクデザイン)
④ 自社のテリトリーが均等か不均等かを確認し、選んでいる型と整合しているかを評価する
⑤ 複数指標を連動させたい場合は、リンクデザイン(ハードル・マルチプライヤー・マトリクス)の組み込みを検討する
このエクササイズで多くの企業が気づくのは、フォーミュラの「正体」が経営側から見えていなかった、という事実です。営業本部や人事が個別に運用している計算式を、5つの型の地図の上に置き直すと、「うちはコミッション型のつもりだったが、テリトリー差を達成率で吸収していて実態はICR型に近い」「ボーナス型を謳っているが、ハードルなしのフラット計算で複数指標が連動していない」といった発見が出てきます。型の正体が見えれば、次の改定で何を変えるべきかが整理されます。
次回(第8回)は、フォーミュラ構築の実務に踏み込みます。型を選んだあと、クオータをどう設定するか、閾値(最低達成ライン)と天井(上限)をどう置くか、アクセラレーター(上振れ加速)の倍率をどう決めるか。型の中身を「動かす数字」をどう決めるかを整理します。
サイカワコーポレーション合同会社 代表社員
株式会社マルケト(現アドビ株式会社)にてインサイドセールス部およびゼネラルビジネス営業部を統括。営業組織改革、プロセス設計、マーケティングオートメーションを軸としたデジタルシフトを推進し、スタートアップから大手企業までテクノロジーを活用した収益組織の構築を支援。
株式会社みずほ銀行、株式会社リクルートおよび外資系IT企業にて10年以上にわたり法人営業に従事。外資系企業では営業・インサイドセールス・マーケティングを横断統括し、部門連携によるレベニュー最大化を推進。国内外でトップセールス・最優秀社員として多数の表彰を受ける。
2022年エンハンプ株式会社を創業し代表取締役、ゼロワングロース株式会社取締役CROに就任。RevOps構築およびGTM戦略設計を通じて企業の持続的なレベニュー成長を支援。営業モデル設計にとどまらず、パイプラインマネジメント、フォーキャスト高度化、部門横断データ統合を含むレベニューオペレーション全体の設計・変革を専門とする。日本におけるRevOps実践の第一人者として、レベニュー予測可能な組織モデルの普及に取り組む。
2026年2月、Xactly株式会社 日本GTM統括責任者(Head of GTM, Japan)に就任。2026年3月サイカワコーポレーション合同会社設立。
著書に『レベニューオペレーション(RevOps)の教科書 部門間のデータ連携を図り収益を最大化する米国発の新常識』(MarkeZine BOOKS)。