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営業の報酬設計は経営アジェンダ|報酬設計連載vol.1

written by

Erika Kawakami

Theme

報酬設計

Date

April 20, 2026

content

報酬設計について、連載で記事を書いていこうと思います。

「営業は数字を出しているのに、なぜ戦略通りに組織が動かないのか」その問いには報酬プランを見せてください、と問えばわかると、先日ディスカッションした欧米の有識者は言っていました。戦略は、いくつもの翻訳段階を経て、最終的に一枚のコミッションプランに落ちます。そのプランに経営の意思が書き込まれていなければ、どれほど立派なビジョンも、現場では実行されません。

今日からだいたい予定では全20回ほど、営業報酬について書いていきます。第1回は、そもそもなぜわたしたちがこのテーマに向き合わなければならないのか、というところから始めます。今日本では限られた特殊なハイプレッシャーな営業のための飴のように捉えている方もいる報酬設計ですが、これからの営業時代はどの企業にも求められるものになると思います。

「数字は出ているのに、戦略が動かない」違和感

経営会議でいちばん多く聞く営業関連の言葉は、「うちは達成率は悪くない」です。そして、その直後に続くのが、「ただ、戦略的に伸ばしたいセグメントは伸びていない」です。この違和感はほとんどの場合正しくて、営業の数字は出ている。だが、経営が本当に動かしたい市場や、プロダクトや、顧客セグメントには、営業のリソース(時間、マインドセット)が向いていない。

多くの経営者は、この違和感を次の4つのいずれかで処理しようとします。

①営業に発破をかける。

②営業責任者を交代させる。

③新しいインセンティブ施策を追加する。

④SFAやダッシュボードなどの仕組みを変える。

どれも、短期的には効果が出ます。しかし、半年もすると、もとの違和感が戻ってきます。なぜなら、経営と現場のあいだにあるべき仕組みが壊れていることが、ほとんどのケースで真因だからです。

その重要な仕組みの1つが、営業報酬プランです。そしてこのプランは、多くの企業で、「人事の仕事」として扱われてきました。経営は決裁印こそ押しますが、プランの条文の一つひとつがなぜそうなっているのかを、自分の言葉で語れる経営者は少ないかもしれません。

人事が作るその内容を信用していること自体は構いません。問題は、その信用が「読まずに任せている」場合です。営業は、この経営者が読まなかった条文を、一語一句読んでいます。

欧米の有識者はこの状態は危険だと言います。このテーマのブログの第1回として、その主張のコアを見ていきます。

とある有識者の言葉

”Sales compensation works.”

営業報酬は、効く。

これは、当たり前の主張に見えます。しかし彼がこれを強調していたのは、当たり前のことが実務では忘れられているからです。「モチベーション理論の沼には入らない。実務家の経験としてはっきり言えるのは、営業は報酬プランを誰よりも詳細に読むということだ」と。

この観察は、わたしが外資の営業組織でもよく目にしてきた現実です。営業担当者は、プランが公開されたその日に、条文を読みます。自分の今年のゲームプランを、それにそって計画します。

経営者向けに言い換えると、営業報酬プランは「営業に対する経営のメッセージの中で、もっとも真剣に読まれる文書」です。社長メッセージよりも、事業計画書よりも、ビジョンステートメントよりも、先に読まれます。

だからこそ「プランは戦略の表明である」と書きます。プランに明示されていない戦略は、営業の耳には届かないのです。

もう一つ印象的な言葉があります。

”Job content drives sales compensation design.”

職務内容(営業の仕事そのもの)が、報酬設計を決めるのだ、と。

これは一見、地味な主張に聞こえるかもしれません。しかし実務で最も頻繁に抜け落ちてしまいがちな前提でもあります。

彼は「報酬プランが陳腐化するのは、プランそのものが古くなったからではない。営業職の仕事そのものが変わっているのに、プランだけ昔のままだからだ」とも言います。

例を見ていきましょう。

10年前、BtoB SaaSにおいて営業職の中核は「新規獲得の商談を完結させる」ことでした。しかし今、SaaSビジネスが広がり、購買プロセスは長期化・分業化し、カスタマーサクセスが独立した機能として立ち上がり、営業チーム横断でプロダクトスペシャリストが商談の途中で介入するようになりました。にもかかわらず、多くの組織で、報酬プランは「受注時の新規ACV(年間契約金額)」だけを見続けています。

これを「営業組織の陳腐化(Sales Force Obsolescence)」と呼んでいました。重要なのは、陳腐化は「古くなる」ことではなく、「市場の変化に合わせて営業職が更新されたのに、報酬が追いついていない」状態を指す、という点です。

陳腐化は、次のような形で組織に現れます。プロダクトラインが増えたのに、報酬プランは「総売上比重一本」のまま。ターゲット顧客がSMBからエンタープライズに移ったのに、コミッションの閾値は昔の商談単価で固定されている。CSチームが発足したのに、既存顧客のエクスパンションが誰の成果としてカウントされるか曖昧なまま。どれもよくある光景です。

経営が「うちの報酬プランは去年と同じでいい」と決めた瞬間、それは「うちの営業職の仕事は去年と同じだ」という宣言になります。ほとんどの場合、これは戦略上目指したいものではないはずです。

営業プロセスと行動喚起ポイント

まず、営業の仕事を五つのステップに分解して整理します(図1)。

図1 営業プロセス

①需要の創出②買い手の特定③購買のコミットメント④注文の履行⑤カスタマーサービスの五段階です。この五段階のうちどこが営業の「行動喚起ポイント」かは、役割によって移動します、

典型的な新規獲得営業(ハンター)にとっては③購買のコミットメントです。受注が取れるかどうかが、その営業の成果の全てです。だからこそ、報酬はコミッション型が馴染みます。

一方、SaaSのカスタマーサクセスやアカウントマネージャ(既存営業)にとっては、③で終わりません。そのポイントは⑤カスタマーサービス、つまり継続利用と更新に移ります。この役割にコミッション型を当てはめると、短期の契約獲得ばかりを追い、継続利用が壊れる構造になります。

図2 行動喚起ポイントは営業職の役割で移動する

同じ「営業」という言葉でくくられていても、「行動喚起ポイント」が違えば、報酬設計は反転します。この反転を無視したまま、「全員同じプラン」で運用する組織が多いことです。

さらに厄介なのは、「行動喚起ポイント」が一人の役割の中でも複数存在するケースです。たとえば、プロダクト専門の営業は、①需要の創出でも③購買のコミットメントでも動きます。Strategic Account Managerは、長期にわたり②買い手の特定と⑤カスタマーサービスの両方に責任を持ちます。こうした役割を一律の報酬式で処理することは、本来なら経営の決断を要する設計です。にもかかわらず、現場の曖昧さに任せて放置される。これはこの連載の中盤あたりで「報酬設定が困難な職種」の問題意識として取り扱っていきたいと思います。

このブログでまず問いかけたいのは下記です。

「御社の営業職の行動喚起ポイントは、どこですか。それは、全員同じですか。」

この問いに即答できない組織では、報酬プランを手直ししても効果は限定的です。

経営が自ら関与すべき翻訳チェーン

ここからは経営の文脈で考えていきましょう。経営戦略は、現場の営業行動になるまでに、4段階の翻訳を経て営業の行動に行き着きます。(図3)。

図3 戦略から営業行動まで、報酬は『翻訳の最終段』に位置する

①経営戦略→重点テーマ、②重点テーマ→KPI、③KPI→報酬設計、④報酬設計→営業行動、の四段階です。

この4段階の翻訳ステップのうち、どれか一段でも翻訳が壊れると、戦略は営業現場で実行されません。そして、これまで幾度か目撃してきた事例では、三段目(KPIから報酬設計への翻訳)が最も頻繁に壊れやすい、ということです。

KPIは、たとえば年始の計画書に書かれることになるでしょう。ところが、そのKPIが報酬プランの条文にどう反映されているかを、経営が自分の口で説明できないことが非常に多いのです。

「新規セグメントに注力する」という重点テーマが、報酬プランのどの条文で、何倍のウェイトで、どの期間で測定されるかは、営業にとっては重要情報です。経営がこれを自分で決めていなければ、誰かが代わりに決めています。多くの場合、それは前年プランを踏襲した人事か、あるいは数字を調整したくないファイナンスです。どちらも、戦略の翻訳者としてはあまり適任ではないというケースもあります。

例を一つ、具体的に示します。ある会社では、経営が「今年はエンタープライズ顧客の獲得を最重点にする」と宣言しました。ところが報酬プランを開いてみると、案件規模にかかわらずACV総額に比例したコミッションが組まれているだけでした。結果、営業は短期に決まりやすい中小案件を積み上げて達成率を作り、エンタープライズ案件には踏み込みませんでした。翻訳ステップ③(KPI→報酬設計)が完全に欠落していたケースです。経営はこの「翻訳の欠落」を、営業の怠惰や能力不足として受け取ってしまいがちですが、実際には報酬プランが営業の合理的行動を別方向に誘導していたのです。

よく遭遇する失敗パターンを、3つ挙げてみましょう。

①前年プラン踏襲症候群

「大きな変更は避けたい」を理由に、プランが戦略の更新に追いついていない。結果、去年と同じ営業行動が続きます。

②全員一律プラン

職種分化が進んだ組織で、ハンターもアカウントマネージャもカスタマーサクセスも同じプランで回している。行動喚起ポイントが違う役割に同じ報酬設計を当てれば、当然、行動はちぐはぐになります。

③年次レビューの欠落

プラン変更の議論はあるが、「プランがどれだけ戦略に効いたか」を評価する仕組みがない。結果、翻訳が壊れていても、誰も気づきません。

この3つのどれかが自社に当てはまると感じた方は、まずそれを認識することから始めてみるのはいかがでしょうか。プランは、経営の道具です。道具メンテナンスは、経営の仕事です。

20分エクササイズ

さて、報酬のブログ連載の第1回の結びとして、一つだけ具体的な宿題を提示してみたいと思います。営業の報酬をどのように設計していますか。2点を書き出してみてください。

①直近12ヶ月で、経営が掲げた重点テーマ一覧

②そのテーマが、報酬設計の中でどの条文・どの指標・どのウェイトに落ちているか

①のテーマのうち、②が存在しないもの出てくるはずです。ここが、戦略と報酬の翻訳が壊れているポイントです。

完璧である必要はないので「空白が何個あったか」だけを、まず確認してみましょう。

これは仮説含みの想像でしかありませんが、10の重点テーマ①に対して②は半分も埋まらないのは珍しくないのではないかと思います。それが多くの日本企業の現在地になるでしょう。これは責められるべき状態ではありません。しかし、ただただ放置してよい状態でもありません。

この空白の数が、皆さんの経営アジェンダに報酬設計を置くべき度合いではないでしょうか。

次回予告

第2回は、「営業報酬プランが機能しなくなる本当の原因」について書きます。数字の問題ではなく、職務設計の問題として、営業報酬を診断できるようになるよう構成したいと思っています。

川上エリカ
Problem
Solution
Result

サイカワコーポレーション合同会社 代表社員

株式会社マルケト(現アドビ株式会社)にてインサイドセールス部およびゼネラルビジネス営業部を統括。営業組織改革、プロセス設計、マーケティングオートメーションを軸としたデジタルシフトを推進し、スタートアップから大手企業までテクノロジーを活用した収益組織の構築を支援。

株式会社みずほ銀行、株式会社リクルートおよび外資系IT企業にて10年以上にわたり法人営業に従事。外資系企業では営業・インサイドセールス・マーケティングを横断統括し、部門連携によるレベニュー最大化を推進。国内外でトップセールス・最優秀社員として多数の表彰を受ける。

2022年エンハンプ株式会社を創業し代表取締役、ゼロワングロース株式会社取締役CROに就任。RevOps構築およびGTM戦略設計を通じて企業の持続的なレベニュー成長を支援。営業モデル設計にとどまらず、パイプラインマネジメント、フォーキャスト高度化、部門横断データ統合を含むレベニューオペレーション全体の設計・変革を専門とする。日本におけるRevOps実践の第一人者として、レベニュー予測可能な組織モデルの普及に取り組む。

2026年2月、Xactly株式会社 日本GTM統括責任者(Head of GTM, Japan)に就任。2026年3月サイカワコーポレーション合同会社設立。

著書に『レベニューオペレーション(RevOps)の教科書 部門間のデータ連携を図り収益を最大化する米国発の新常識』(MarkeZine BOOKS)。

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