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ECPはICPではない

written by

Erika Kawakami

Theme

Strategy

Date

April 13, 2026

content

何年かまえのカンファレンスでECPとICPの話を聞いた際に、確かにこの2つは別物なのに混同されていることが多いのではないかと感じたことがあります。

ECP(Early Customer Profile:初期顧客プロファイル):

新しい技術を試すのが好きなアーリーアダプターであり、協力的(セルフオンボーディングできるなど)で、ベータテスターとして寛大にフィードバックを提供してくれます 。

ICP(Ideal Customer Profile:理想の顧客プロファイル):

事例としてウェブサイトにロゴ掲載させてくださる大企業などをイメージする方も多いでしょうが、受注の難易度が一定高く、導入にはすでに実績があることやコンプライアンス対応などが求められます 。

そして、3〜18ヶ月しかないGTMの初期段階において、受注サイクルが長い「理想の顧客(ICP)」をいきなり狙うのは現実的ではなく、まずは喜んで共に歩んでくれる「初期顧客(ECP)」を獲得し、彼らとの関係を築くことに集中すべきであるとされています。

ECPとICPを混同するとどうなるか

ECPとICPを混同すると、何が起きるか。典型的なパターンは主に3つあります。

①初期に大手エンタープライズを口説きにいき時間を溶かすパターン

未完成な製品をエンタープライズが選ぶ確率は低く、選んでもらえても要件が複雑になってしまい、他の顧客に使えない機能を作るハメになります。初期の半年〜1年を、1社向けのカスタマイズで使ってしまう。

②「ターゲット顧客」を見つける前にマーケティング投資を厚くしてCACが跳ね上がるパターン

まだ製品がシャープではない段階で広告を回しても、獲得は取れてもリテンションが乏しい。半年後に「獲得コスト200万円・LTV50万円」という悲惨な構造に気づきます。

③既存顧客の声を「全員の声」として扱って、製品が八方美人になるパターン

初期顧客は製品未完成の段階で買ってくれた特殊な人たちで、全体市場の代表ではありません。彼らの要望すべてをロードマップに載せると、ICPが好む製品になりません。

18ヶ月を意識する

PMFまでは18ヶ月の期間の意識が重要です。それ以上かかる場合、資金が尽きるか、市場が動いて別の競合が先に刺さるか、のどちらかが起きてしまいます。この18ヶ月をどう使うかの議論が、ECPの設計です。

18ヶ月を3つのフェーズに分けます。最初の6ヶ月は、ECPと定義した30〜50社の仮説に対して、最低限のMVPを当てて「本当にペインがあるか」を確かめる時期。次の6ヶ月は、反応の良かった顧客のセグメントを絞り込み、PMF候補を検証する時期。最後の6ヶ月は、絞ったセグメントで有料顧客を5〜10社積み、NRRが100%を超えるかを確認する時期。この3段階のどこでもECPを明確に言語化できていないと、18ヶ月でPMFに届きません。

「誰にでも売った」結果

海外の事例を1つ紹介します。ジム向けのSaaSを提供していたスタートアップのケースです。同社はジム向けのSaaSを作って売り出した初期、「ジムと名のつく組織すべて」にアプローチしました。パーソナルトレーニングスタジオ、大手チェーンジム、ヨガスタジオ、クロスフィットボックス。誰にでも売ったのです。

結果、どのセグメントでも「平均的に悪くない」製品ができて、どのセグメントでも本当の熱狂が生まれませんでした。半年経ってようやく経営陣が気づいたのは、「中規模のブティックスタジオ(会員数100〜500名)」だけが突出して継続率が高く、拡大や購入もしている、という事実。そこでECPを絞り直してから、会社の数字がきれいに伸び始めました。

この「悪くない製品を幅広く売る」病は、日本のB2B SaaSにも実施している企業はあるかもしれません。ターゲット顧客層を見つける前に、セールスチームを増やして広告を回すと、この事例の初期のような「平均点」の数字が延々と続きます。ECPを定義するのは、絞り込みの勇気を取り戻すための作業です。

1,200ドルで1,000人調査

もう1つ事例を紹介します。デジタルエージェンシーの例です。同社は新サービスを立ち上げる前に、「自分たちのECPはどこにいるか」を知るために、1,200ドルで1,000人規模のサーベイを回しました。調査で明確になったのは、彼らが想定していた「小規模オーナー経営者」ではなく、「中規模企業の新任マーケティングディレクター」が最もペインを感じている層だった、ということです。

この事例の示唆は、ECPの仮説は「経営陣の肌感覚」だけで決めてはいけない、ということです。創業者は自分と似た属性の人を想像しがちですが、実際のECPは別の場所にいることが多い。1,200ドルの調査で、18ヶ月のうちの数ヶ月を節約できたなら、それは極めて安い投資です。

「ユーザーインタビューを30件やりました」などは実施している企業も多いと思います。30件は仮説の検証には使えてもECPの発見ができるとは限りません。もっと広い母集団のサーベイと、深いインタビューの両方を走らせたのがこのケースです。

ECP発見の3ステップ

ECPを発見するためにはどのように進めるのがよいでしょうか。

ステップ①「熱狂しそうな顧客像」を仮説として10個以上書き出すこと。業種・会社規模・役職・抱えている痛み・意思決定者像の5軸で記述します。ここでは仮説の網を広めに打つのがコツです。5個しか書き出さないと、自分の思い込みが濃く出ます。

ステップ②仮説に対して「サーベイ+インタビュー」を回すこと。サーベイは母集団を広く取って、定量的に「どの仮説がペインの強さで勝っているか」を見る。インタビューはサーベイで尖った層に対して、痛みの構造と支払意欲を深掘りする。先のケースのように1,000人規模を目指すのが理想ですが、100〜200人でも十分に意味のあるデータは出ます。

ステップ③最もペインの強いセグメント2〜3つに対して、有料のパイロットを提案すること。無料のβユーザーだと「買う意欲」が検証できません。5〜10万円でもいいので有料で入ってもらい、使われ方と継続意思を見る。ここでNRRが100%を切るなら、そのセグメントはECPではありません。

ECPスコア

上位ECPと下位ECPで年間のARRの成長率は変わってくる可能性が高いです。ECPを定義するだけで終わらせず、営業のパイプラインのスコアリングに組み込んで、ECPスコアの高い商談に時間を優先配分する。ここまでやって初めて、ECPは運営の武器になります。

SFAに「ECPスコア」というカスタム項目を追加して、商談作成時に自動で計算するなどで実現可能です。業種・規模・役職・導入時期といった5〜7項目で、0〜100点のスコアを自動で出す。スコアが低い商談は、インサイドセールスが営業のアポイントを取得する前に一呼吸置く運用にするなども限られた営業リソースの有効活用においては検討しても良いポイントです。

ECPからICPへのスライド

ECPとICPは別物ですが、連続しています。PMFを取ったあとのタイミングで、ECPで得た知見を「スライド」させて、ICPを定義し直します。このスライドを意識的にやらないと、ECPのまま走り続けて規模がつかないか、ECPを捨てて違うICPにジャンプして失敗する、のどちらかに陥ります。

スライドの手順は単純です。ECPで獲得した顧客のうち、NRR120%を超えているサブセグメントを特定する。そのサブセグメントの属性を分析して、ICPの一次定義に落とす。この一次定義を元に、アウトバウンドの標的を広げる。最初の30〜50社のICP候補に対して、同じ製品が同じ速度で売れるかを検証する。ここで売れれば、ICPとして確定します。

日本企業でよく見る失敗は、ECPで伸びた瞬間に営業組織を一気に増やしてしまうパターンです。ECPの顧客基盤が100社を超える前にスケールすると、ICPに確信が持てないまま営業人件費が膨らみます。ECPの成功は「スケールする権利」ではなく、「ICP仮説を作る出発点」だと捉えるのが正しい順序です。

まとめ:勇気をもって絞り込み、戦略的にスライドさせる

ECPはICPではない。この一文は、初期ステージのすべての意思決定に影響する必要な区別です。絞り込む勇気がないままスケールに向かうと、18ヶ月を使い切ってPMFに届かない。絞り込んだあとに、ECPからICPへ意識的にスライドさせないと、ECPの小さな成功から抜け出せないということになってしまいます

川上エリカ
Problem
Solution
Result

サイカワコーポレーション合同会社 代表社員

株式会社マルケト(現アドビ株式会社)にてインサイドセールス部およびゼネラルビジネス営業部を統括。営業組織改革、プロセス設計、マーケティングオートメーションを軸としたデジタルシフトを推進し、スタートアップから大手企業までテクノロジーを活用した収益組織の構築を支援。

株式会社みずほ銀行、株式会社リクルートおよび外資系IT企業にて10年以上にわたり法人営業に従事。外資系企業では営業・インサイドセールス・マーケティングを横断統括し、部門連携によるレベニュー最大化を推進。国内外でトップセールス・最優秀社員として多数の表彰を受ける。

2022年エンハンプ株式会社を創業し代表取締役、ゼロワングロース株式会社取締役CROに就任。RevOps構築およびGTM戦略設計を通じて企業の持続的なレベニュー成長を支援。営業モデル設計にとどまらず、パイプラインマネジメント、フォーキャスト高度化、部門横断データ統合を含むレベニューオペレーション全体の設計・変革を専門とする。日本におけるRevOps実践の第一人者として、レベニュー予測可能な組織モデルの普及に取り組む。

2026年2月、Xactly株式会社 日本GTM統括責任者(Head of GTM, Japan)に就任。2026年3月サイカワコーポレーション合同会社設立。

著書に『レベニューオペレーション(RevOps)の教科書 部門間のデータ連携を図り収益を最大化する米国発の新常識』(MarkeZine BOOKS)。

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