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経営が最初に選ぶべき2つの報酬設計思想|報酬設計連載Vol.3

written by

Erika Kawakami

Theme

報酬設計

Date

April 27, 2026

content

前回(第2回)は、プランが機能しない時の真因を、営業組織の陳腐化という切り口とその診断について書きました。真因が職務・組織・戦略にあることを確認したうえで、今回は、では経営は報酬プランを「どの設計思想で組むか」を決める段階に進んでいきたいと思います。

報酬設計の出発点は、数字ではありません。まず最初に経営が選ぶべきは、自社の営業職が「完全歩合型」なのか、それとも「固定給+変動型」なのか、という二者択一です。この選択を曖昧にしたままペイミックスやレバレッジの議論に入ると、プランは必ず歪んでしまいます。にもかかわらず、この最初の問いを経営会議で明示的に議論する機会は、意外なほど少ないのが実情です。

「完全歩合」と「固定給+インセンティブ」が混在している組織で起きること

欧米企業の報酬レビューでよく見るシーンから入ります。同じ営業本部の中で、ある部門は完全歩合型に近い設計で回っている。別の部門は、固定給を厚くした上でインセンティブが乗る設計で回っている。一見、職種に応じて使い分けているように見えます。ところが、中身を見ていくと、その使い分けは意図された設計ではなく、過去に採用した営業の処遇を継ぎ足した結果であることがほとんどです。

こうした組織で何が起きるか。

①トップ営業は「もっと歩合を増やしてほしい」と声を上げる

②新人は「クオータ制は厳しすぎる」と感じて離職を検討する

③経営は、どちらの声にも応える折衷案を毎年重ねる

折衷は一見、配慮に見えます。しかし二つの根本的に違う設計思想を混ぜたまま個別調整を続けると、プランは年々「どの哲学にも整合しないハイブリッド」になっていきます。こうなると、どの営業も自分の報酬構造を説明できなくなり、プラン自体が信頼されないものになります。

この状態を避けるために、経営が最初に向き合うべき問いが先ほどの二択です。自社の営業は、そもそも完全歩合型なのか、それとも固定給+変動型なのか。この問いは単なる分類ではなく、給与水準・リスク分配・組織運営の哲学に直結しています。

2つの設計思想 ― 根本的に違う経済モデル

欧米の報酬設計の議論では、この二つの思想を「完全歩合型」と 「固定給+変動型」という用語で明確に区別しています。両者は一見似ています。どちらも営業で、顧客に製品を売り、成果に応じて報酬を得ます。しかし、背後にある経済モデルが根本的に違います。

完全歩合型の特徴

代表例は、不動産エージェント、証券トレーダー、保険の販売員などです。彼らの特徴は次の5点です。

①基本給なし、あるいは微小な引当のみ

②売上に比例した固定コミッション率

③顧客が「人」に紐づいており、転職時に顧客を持っていく力を持つ

④売上そのものが報酬原資であり、会社と営業が売上を分配するモデル

⑤報酬の競争力は「コミッション率」で比較される(総額ではなく率)

ここで注意すべきは、完全歩合型では会社と営業の経済利益が連動している、という点です。営業が稼ぐほど、会社も稼ぐ。したがって、経営は営業の報酬総額の上限を厳格に管理する動機を持ちません。むしろ、稼がせれば稼がせるほど、会社の収益も伸びる構造です。

また、完全歩合型では労働市場の調整メカニズムも独特です。市場が拡大すれば完全歩合型の営業の人数が増え、市場が縮小すれば人数が減る。会社が給与水準を個別に管理する必要はなく、市場そのものが報酬水準を決めます。経営の役割は、コミッション率そのものを市場水準に保ち、営業が辞めない・集まる条件を維持することに集中します。

固定給+変動型の特徴

代表例は、BtoBのエンタープライズ営業、SaaSのアカウントエグゼクティブ、事業会社の法人営業です。こちらの特徴は、完全歩合型とは対照的です。

①基本給あり、変動報酬と組み合わせた設計

②営業は「会社の価値提案」を代理する(顧客は会社に紐づく)

③経営が「目標総現金報酬(TTCC*)」を先に定義し、そこから逆算して設計する

④クオータを介して報酬と成果を結びつける

⑤報酬の競争力は「TTCC(総額)」で比較される

あらかじめ職務の市場価値に基づく「ターゲット総現金報酬(TTCC)」が設定されており、それが固定給と「目標インセンティブ(At-risk:業績連動型の変動給)」に分割されています 。 営業担当者のインセンティブは、売上からの直接的な歩合ではなく、「リスクにさらされているインセンティブ予算(At-risk monies)の再分配」によって支払われます 。 具体的には、目標を達成できなかった成績不振者は、設定されていた目標インセンティブ額よりも少ない金額しか受け取れません 。逆に、優秀な成績を収めたトップパフォーマーは、目標インセンティブ以上の額(アップサイド)を稼ぎ出します 。 

「クロスファンディング(相互原資化)」の構造 つまり、成績不振者が「受け取れなかった」変動給の予算が、成績優秀者の「上乗せ報酬」を支払うための原資としてシフトする仕組みになっています 。計算が常に完璧に一致するわけではありませんが、概念としては「営業担当者たちが集団として、ターゲットとなる変動給の予算を再分配することを通じて、自分たちの報酬プランの原資を出し合っている」と言えます 。 経営からすれば、総変動費の上限はTTCCの設計時点で制御されています。

この「自己原資化」の発想は、日本企業に馴染みが深い方にはなかなか理解しにくいかもしれません。「営業に払う報酬原資を、営業自身が作っている」という構造は、「会社が営業に報酬を払っている」という伝統的な発想とはずれているからです。しかしこの構造を理解していないと、プランのコスト設計が予算統制的になりすぎ、結果として上振れを抑え込むプラン(Cap設計の安易な採用)に流れがちです。固定給+変動型の本来の強みは、経営が変動部分のコストを統制しながら、個々の営業には成果に応じた分配が届く、という両立にあります。

*TTC=Target Total Cash Compensation

売上と報酬の関係が、線形か逓減か

この二つの経済モデルの違いは、報酬カーブ(報酬と売上の関係)をグラフにするとはっきりします。

図1 売上と報酬の関係の違い

左の完全歩合型では、売上ボリュームの増加と報酬が線形に連動します。コミッション率×売上で決まる以上、売上がどれだけ増えても報酬は同じ傾きで増え続けます。

右の固定給+変動型では、売上ボリュームが増えるにつれて報酬は増えますが、その増分(増加率)は逓減していきます。これは、目標達成時のTTCC(総報酬)を起点とし、トップ層には目標変動額の3倍を「目安(レバレッジ)」として支払う一方で、上限(キャップ)自体は設けないなど、労働市場の価値に合わせて意図的に報酬カーブをコントロールしているためです。言い換えれば、固定給+変動型は経営が意図的に「報酬と売上の関係を非線形にしている」プランです。

5つの変動報酬モデル ― どの型がどの職種に馴染むか

欧米の整理では、変動報酬プランは大きく5つの型に分類されます。それぞれ、どんな職種に馴染むかが違います。

図2 5つの変動報酬モデルと該当職種の例

完全歩合型が使うのは、最上段の「ユニットレート」です 。一方、固定給+変動型の営業担当者が主に使うのは、2段目の「3倍・キャップなし」です 。これはBtoB営業における業界標準の設計ですが、ここでいう「3倍」とは報酬の上限ではなく、「レバレッジ(設計上の目安)」を意味します 。つまり、「上位約10%のトップ層が、目標変動額の3倍を稼げるように計算式を設計する」ということであり、上限(キャップ)は設けられていないため、想定以上の例外的な成果を出せば3倍を突き抜けて青天井で支払われます 。 3段目の「2倍・キャップあり」は、逆に支払いの上限を2倍に設定するプランで、マネジメントインセンティブ、消費財の営業、営業サポート職など、変動リスクを抑えたい職種で典型的に採用されます 。4段目の「アドオン」は、SPIFFやコンテストなどの形で、特定の行動を短期的に強化する追加の仕組みです 。5段目の「ゲインシェアリング」は、個人の売上ではなく全社業績に連動した分配であり、営業以外の社員も含めて幅広く適用される設計です 。 

経営が理解しておくべきは、自社の営業の役割(職務内容)と事業モデルに応じて、まずはこの5つの型から主軸となる1つを選び、補助的に他の型を組み合わせるという順序で考えるべきだということです 。最初から5つ全てを使う必要はありません。

経営が最初に決めるべき二つの判断

報酬プランを設計する前に、経営として先に結論を出さなければならないものが、2つあります。

判断1:自社の営業は完全歩合型か、固定給+変動型か

ほとんどの日本企業の営業は、本来は固定給+変動型に近い職種です。顧客は会社に紐づいており、プロダクトの価値提案は会社が持ち、営業はそれを代理する役割を担う。にもかかわらず、運用実態が完全歩合型に寄ってしまうことが起きているケースはあります。特に、トップ営業への配慮で歩合色を強くしたり、新規事業で採用した個人の要求に応える形でコミッション率を個別設計すると、組織として「どちらの思想でやっているのか」が曖昧になります。

曖昧さは二つの副作用を生んでしまいます。一つは、トップ営業が「会社に対する自分の貢献度」を見失うこと。もう一つは、新規採用された営業が、プランの構造を理解できないまま現場に放り込まれることです。どちらも、離職と未達の温床になります。

具体的な混在の例を一つ挙げます。ある企業が固定給+変動型でプランを組んでいたとしましょう。ところが、過去にトップ営業の離職を受けて、その人にだけコミッション率上乗せの個別契約を入れた。翌年、別の中堅にも似た個別契約を追加した。3年後には、固定給+変動型で設計されたはずのプランに、完全歩合型的な個別契約が十数件積み重なっている。経営は「一人ひとりの事情に配慮した結果」と思っていますが、組織としては「どの設計思想で運営されているのか」が崩壊しています。この状態は、どのプラン変更を打っても解消しません。一度、設計思想を再選択する経営の意思決定が必要になります。

判断2:TTCCの水準をどの市場ベンチマークに置くか

固定給+変動型を選ぶなら、次に決めるのはTTCC(目標総現金報酬)の水準です。欧米の実務では、業界給与サーベイの第50、第60、第75パーセンタイルといった具体的な目安から、会社として「どの水準の営業を採用・維持したいか」を逆算します。

TTCCの水準は「高すぎても低すぎてもいけない」と言われます。高すぎれば営業費が重くのしかかり、低すぎれば優秀な営業が採用できず、既存メンバーの士気も落ちる。どの水準に置くかは、経営が市場ポジションと事業の将来像から決める戦略的判断です。人事が市場サーベイを取ってきて機械的に決めるべきものではありません。

ペイミックスとレバレッジが経営の意思を表す

TTCCを決めたら、次はペイミックス(固定:変動)とレバレッジ(上振れ倍率)です。この2つは、経営が「営業にどれだけリスクを負わせ、どれだけ上限を開けるか」を示す数字です。

新規獲得型(ハンター)の営業には、ペイミックスを50:50や60:40にして、3倍の上振れ(3X Uncapped)を用意するのが欧米の定型です。リスクを営業に負わせる代わりに、突き抜けた成果には大きく報いる設計です。一方、カスタマーサクセスやアカウントマネジャーには、80:20や85:15のペイミックスで、2倍の上限付き(2X Capped)を組むのが定型です。こちらは継続利用や更新率といった安定志向の指標を守る役割だからです。

経営が注意すべきは、同じ会社の中で全ての職種に一律のペイミックスを適用してしまうことです。営業の役割ごとに行動喚起ポイントが違う以上、ペイミックスとレバレッジも役割ごとに設計されるべきです。

言い換えれば、経営がプランに込めるメッセージは、数字の選択で表現されます。50:50は「結果次第で大きく振れる覚悟を営業に求める」というメッセージ。85:15は「安定して継続的に動いてほしい」というメッセージ。3倍の上振れは「突き抜けた成果を歓迎する」、2倍の上限は「過剰な青天井化を抑える」。どのメッセージを選ぶかは、プラン作成者の技術判断ではなく、経営の戦略的意思表示です。

自社営業の設計思想を診断する

ここまでの整理を踏まえ、今回のエクササイズは「自社営業の設計思想の診断」にできればと思います。ただし、まだあまり取り入れている方も少ないと思いますが、営業職ごとに現状のTTCCとペイミックスを書き出してみましょう。職種ごとの設計思想が「完全歩合型」「固定給+変動型」「混在」のどれに該当するかが見えてきます。仮に、「混在」の職種があれば、そこが次のプラン改定で最初に手をつけるべき場所です。混在は、過去の折衷の痕跡であり、組織にとってはボディブローのように効いてくる問題です。経営として、その職種は完全歩合型で行くのか、固定給+変動型で行くのか、どちらかに寄せ切る。この決断が、次回以降で扱うペイミックス・レバレッジ・フォーミュラ設計の土台になります。

また、可能な場合もう1つ実施してみてください。「自社の各職種のTTCCは、市場の第何パーセンタイルにあるか」。市場データは、業界別の給与サーベイ、ヘッドハンターのレポート、公開されている求人情報などから取得できます。この水準を把握したうえで、ペイミックスやレバレッジの議論に入っていきたいです。TTCCの絶対水準が市場とずれていれば、どれほど精緻なフォーミュラを組んでも、採用難と離職という二つの症状が止まりません。

次回予告

次回(第4回)は、ペイミックスとレバレッジを深掘りします。「60:40 vs 80:20」「3倍 vs 2倍」という数字の選択が、営業組織に何を伝えるメッセージになるのか。経営の意思をこの三つの数字(TTCC・ペイミックス・レバレッジ)にどう乗せるかを書く予定です。

川上エリカ
Problem
Solution
Result

サイカワコーポレーション合同会社 代表社員

株式会社マルケト(現アドビ株式会社)にてインサイドセールス部およびゼネラルビジネス営業部を統括。営業組織改革、プロセス設計、マーケティングオートメーションを軸としたデジタルシフトを推進し、スタートアップから大手企業までテクノロジーを活用した収益組織の構築を支援。

株式会社みずほ銀行、株式会社リクルートおよび外資系IT企業にて10年以上にわたり法人営業に従事。外資系企業では営業・インサイドセールス・マーケティングを横断統括し、部門連携によるレベニュー最大化を推進。国内外でトップセールス・最優秀社員として多数の表彰を受ける。

2022年エンハンプ株式会社を創業し代表取締役、ゼロワングロース株式会社取締役CROに就任。RevOps構築およびGTM戦略設計を通じて企業の持続的なレベニュー成長を支援。営業モデル設計にとどまらず、パイプラインマネジメント、フォーキャスト高度化、部門横断データ統合を含むレベニューオペレーション全体の設計・変革を専門とする。日本におけるRevOps実践の第一人者として、レベニュー予測可能な組織モデルの普及に取り組む。

2026年2月、Xactly株式会社 日本GTM統括責任者(Head of GTM, Japan)に就任。2026年3月サイカワコーポレーション合同会社設立。

著書に『レベニューオペレーション(RevOps)の教科書 部門間のデータ連携を図り収益を最大化する米国発の新常識』(MarkeZine BOOKS)。

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